東京湾における環境再生の社会実装に向けた取り組み

東京湾の環境再生を実現していくための取り組みをご紹介します.このような活動から出てくる様々な疑問点や課題を解決するような研究テーマに取り組みます.

江戸前の豊かな東京湾

東京湾ではかつて,波穏やかな海象から港が発達して物流の拠点として栄え,また,広大な流域を背景とした栄養分豊富な河川水の流入によって漁業が盛んでした.背後の広大な流域平野では農業が発達して多くの人口を支え,例えば,江戸時代の東京湾(当時は江戸湾)流域圏は当時世界最大規模の人口を誇る大都市として発展しました.江戸時代は地産地消型の経済が発達し,初期には肥料用のイワシ漁が中心でしたが,人口の増加に伴って食用を目的とする内湾漁業が発展し,アサリやノリ養殖を中心に,マアナゴ,ウナギ,イシガレイ等の,「江戸前」と呼ばれる新鮮な魚介類に恵まれた豊かな海が広がっていました.当時の東京湾は一部で埋立がなされていたものの,湿地-干潟-浅場-沖合と連続した景観を持つ広大な汽水域が残っており,底質も砂質から泥質まで変化に富み,これらの多様な地形が豊かな生態系を育んでいました。

環境劣化の過程

明治に入ると人口増加や産業経済の発展に伴い,航路確保のための浚渫と浚渫土砂や廃棄物を用いた沿岸部の埋立が進められていきました.高度経済成長期の1960年代に入りますと,沿岸の埋立や人工島の建設が加速し,1966年(昭和41年)から1985年(昭和60年)の20年間に,東京湾水域面積の約2割に相当する25,000 haが埋立てられ,現在では東京湾の海岸線の90%以上が埋立護岸と化し,多くの干潟・浅場が失われていきました.

干潟・浅場の消失や都市化と人口増加による,流入汚濁負荷(窒素やリンなど)の急速な増大により,植物プランクトンの大増殖である赤潮が頻発するようになりました.赤潮による大量の有機物が海底に降り積もり,バクテリアによってこの有機物が分解されることで,夏季の東京湾奥中央部の海底は貧酸素,無酸素状態となって,底生動物などが生息できなくなります.また,この無酸素水塊が沿岸で湧昇し青潮が発生しますと,わずかに残された干潟・浅場の生物もへい死してしまいます.

干潟・浅場の減少や水質汚濁などの影響で,1960年頃には約18万トンであった漁獲高は漸減し,1995年頃からは約2万トンに留まる状況が続いています(図1).


図1 東京湾における1954年から2003年までの漁獲量の経年変化

環境再生への機運の高まりと社会実装へ向けた取り組み

同様の事例は多かれ少なかれ,日本のあるいは世界の多くの内湾で見られます.特に先進国の成熟した社会では,都市沿岸に残る貴重な環境として,あるいはレジャーや憩いの場として,環境再生への機運が高まりつつあります.また,世界的な水産資源の枯渇や世界情勢の急激な変化を背景とする,蛋白源の自給率向上の観点からも,漁業の再興が期待されています.

このような環境再生への機運を受け,東京湾では2013年11月に東京湾再生官民連携フォーラム(以降,官民連携フォーラムと略称)が設立されました.官民連携フォーラムでは,市民,NPO,民間企業,漁業関係者,研究者が行政の支援を受けながら環境再生に資する政策を検討し,それを官側組織である,東京湾再生推進会議に政策提案することをミッションの一つとしています.

官民連携フォーラムの下にはいくつかのプロジェクトチーム(PT)が設置されています.佐々木教授はその中の一つである,生き物生息場つくりPTを主宰しており,研究室の一部のメンバーも参画しています.生き物生息場つくりPTでは,「生き物生息場つくりに関する提案書」をとりまとめ,2016年2月18日に官民連携フォーラムから東京湾再生推進会議に対し,政策提案を行いました.その中で,「生き物生息場つくりの基本的な考え方と進め方についての提案」と「東京湾北部沿岸におけるマコガレイ産卵場の底質改善の提案について」をとりまとめました.

「マコガレイ産卵場の底質改善の提案について」では,東京湾奥部沿岸にマコガレイの産卵に適した場を造成することを検討しました.マコガレイはかつて数多く漁獲されていましたが,現在は大きく減少しています.生き物生息場つくりPTのメンバーでもある,千葉県水産総合研究センターの研究者がマコガレイの生活史を分析したところ,湾奥部における産卵場の不足が主要な要因ではないか,との結論に至りました.東京湾のマコガレイは年末年始の時期に産卵します.産卵場である湾奥部の多くは泥質域となっており,卵が泥質中に沈み込み,冬期でも底質内は酸素がほとんど存在しないため,酸欠で死んでしまうのではないか,との仮説を立てました.そこで,卵が沈み込まないよう,砂質の海底を造成することを提案しました.また,これを実現するためには,砂資源が必要となり,事業にお金もかかります.また,漁業者をはじめとする,関係者の合意形成が不可欠です.そこで,このプロジェクトの社会実装の方法についても議論し,図2のような枠組みを提案しました.


図2 東京湾再生官民連携フォーラム・生き物生息場つくりPTによる,マコガレイ産卵場の底質改善の社会実装に向けた枠組みの提案

現在は,本提案を実現していくためのモニタリングやフォローアップ活動を行っています.2018年4月からは次の政策提案に向けた活動を開始します.干潟・浅場を増やしていくような具体的な方策を検討することが重要と考えています.

参考文献

  1. 佐々木淳:内湾における環境再生の課題-官民連携による生き物生息場つくりの取り組み,都市計画,66(1), 30-33, 2017.
  2. 東京湾再生官民連携フォーラム生き物生息場つくりPT(2015):「生き物生息場つくりに関する提案書」および「同補足説明資料」
  3. 石井光廣:東京湾のマコガレイの生態と漁業 ー 資源回復への取り組み ー,豊かな海,37,34-38, 2015.
  4. 佐々木淳:東京湾 生き物生息場つくりに関する政策提案 ~東京湾再生推進会議に対し、マコガレイ産卵場の底質改善について~,豊かな海,39, 8-10, 2016.
  5. 東京湾再生官民連携フォーラム:ニュース記事,2016
  6. 国土交通省:報道広報,東京湾再生官民連携フォーラムからの政策提案がなされました~マコガレイ産卵場の底質改善に関する提案~,2016.