研究のアプローチ

佐々木研究室では沿岸域や内湾・湖沼といた閉鎖性水域を主な対象として,安全で豊かな魅力あふれる環境の創造に貢献することを目指した研究を展開しています.当研究室では要素科学技術的な基礎研究と社会的な課題解決を目指す学融合型研究の両面を大事にしています.理工学分野で研究成果を上げるには,よいテーマを選んで焦点を絞り,オンリーワンで最先端な研究を目指すのが王道です.このような要素科学技術的アプローチにおいては,閉鎖性水域における物理・化学・生物・地学過程を再現・予測し,環境の将来予測や望ましい施策の提案に結びつくような研究を目指しています.もちろん,個々の過程それぞれを深掘りしていく研究が伝統的なディシプリン型研究では標準ですが,当研究室が所属する新領域創成科学研究科が掲げる「学融合」の視点と,要素だけ見ていては実態が分からない「環境」の特性を考慮し,要素科学技術的アプローチにおいても,融合的なアプローチを取り入れています.これは必要性が広く認識されながらも困難な道ですが,過程(プロセス)の演繹的なモデリングに基づく数値予測(計算機シミュレーション)とその要素技術としての環境モニタリングを柱として取り組んでいます.また,近年の環境モニタリングデータの充実や統計的モデリング手法の実用化を受け,データサイエンス的アプローチにも取り組み始めています.このようなアプローチは主に社会文化環境学専攻で取り組んでいます.
一方,現実的に直面している様々な環境に関わる具体的な課題について,解決の方向性を示唆する研究の重要性が増しており,様々な知を総動員した学融合的アプローチが重要です.サステイナビリティ学はこの方向性をいち早く打ち出した分野と言えます.環境と社会に関わる具体的課題の解決に貢献することを目指すため,対象とする具体の地域を定め,社会調査(アンケート調査,インタビュー調査,フォーカスグループディスカッション等),地理情報(GIS)データ解析,ドローン空撮,衛星データ解析(リモートセンシング),地域に特化したシミュレーションの適用等,様々な学問分野の成果を融合的に適用して進めていきます.多くの個別学問分野(特に科学技術分野)が成熟し,比較的少ない労力でそれらの成果を地域の課題に適用できるようになりつつあり,融合的なアプローチによる新たな知の創造が可能となってきています.この融合的アプローチは社会文化環境学専攻で取り組んでいますし,当研究室も関わる,サステイナビリティ学グローバルリーダー養成大学院プログラム(GPSS-GLI)の主要なミッションともなっています.
実際に具体的な課題に取り組みますと,そこに現れる個別要素に着目した基礎研究も可能ですし,課題そのものの解決や望ましい施策を社会で実現する,社会実装への貢献を目指した研究も可能です.

既存分野との関係

佐々木研究室は学融合を標榜する新領域創成科学研究科に所属する研究室ですが,佐々木教授の元々の専門分野は水工学,特に海岸工学と環境水工学になります.佐々木教授は1999年に新領域創成科学研究科環境学研究系が設立された当初からのメンバーであり(途中,11年半は横浜国立大学に在籍),当時から学融合的アプローチに取り組んできました.また,これまで水工学だけでなく,他の工学分野,水産学,農学,環境学,政策科学といった,幅広い分野の学生さんと研究に取り組んできました.

研究テーマ

現在,展開している研究テーマや今後行っていきたい研究テーマについて紹介します.また,これまでの研究成果の一部を右サイドカラムの上方のリンクからご覧頂けます.

東京湾における漁業振興と沿岸環境の保全を目指す栄養塩管理方針の検討

東京湾は1960年代に著しく富栄養化し,貧酸素水塊の大規模な発生を含む水質汚濁が深刻となってきました.そこで,1979年にCODを指定項目とした第1次水質総量削減基本方針が策定され,2001年からは窒素とリンも指定項目に加えられ,水質改善に取り組まれてきました.その結果,2019年(目標)の窒素およびリンの負荷量は1979年比でそれぞれ54%および72%の削減となり,内湾の水質が改善すると同時に栄養塩濃度は低下してきています.一方,2000年前後からみられるようになった養殖ノリの色落ち現象が近年ますます顕在化する等,栄養塩濃度の低下による漁業資源への影響に対する懸念が強まっています.
東京湾ではリンが一次生産を制限していると考えられますが,表層における無機態リン濃度は既に時期によってはノリの色調低下が生じる0.25μMを下回る状態にあります.東京湾内に存在するリン現存量のかなりの割合は貧酸素下における底質からの溶出起源と考えられており,総量削減による陸域からのリン供給量の低下だけでなく,貧酸素水塊の規模の縮小による溶出起源のリン供給の低下も想定され,栄養塩管理は喫緊の課題となっています。一方,外洋から東京湾への栄養塩供給の存在や,ノリ養殖場等の栄養塩不足の影響を直接的に受ける海域は時空間的に偏在していることに留意した栄養塩管理方針の検討が期待されています.
そこで本研究では,千葉県水産総合研究センターによる現地観測データ等を活用し,東京湾におけるリンを主体とする栄養塩に着目した数値モデルを整備することで,陸域負荷,底質からの溶出,外洋からの供給等,栄養塩の起源に着目した東京湾の栄養塩環境の現況解析を行います.また,起源別の栄養塩がノリ漁場等の局所海域に及ぼす影響を解析することで,水環境保全と漁業資源のバランスに配慮した栄養塩管理方針を検討し,政策立案への貢献を目指します.

ブルーカーボンの社会実装に向けた研究

「ブルーカーボン」をご存じでしょうか? ブルーカーボンは比較的新しい用語で,国連環境計画(UNEP)が2009年に「海洋生物の作用によって隔離・貯留された炭素」をブルーカーボンと命名しました.植物プランクトン,海草(アマモなど),海藻(コンブ,ワカメ,ノリ,ホンダワラなど),潮汐湿地,マングローブは光合成で二酸化炭素を吸収し,大気中の二酸化炭素濃度の上昇を抑制する作用があると考えられています.このこと自体は古くから知られていますが,近年,二酸化炭素吸収源対策における新しい選択肢の一つとして,注目を集めつつあります.ブルーカーボンによる吸収源対策は,海草・海藻の藻場造成,干潟の再生や創造,マングローブ林の再生が挙げられます.それぞれは沿岸生態系の高度化を通して,生態系サービス(水産資源を通した食量の供給,水質浄化,観光レクリエーション,沿岸災害の防災・減災)や沿岸環境の価値の向上にも貢献します(コベネフィット).また,生態系ベースの対策のため,持続可能性が高く,社会実装への倫理的障壁が低いといった特長があります.
2015年のパリ協定において,「自国が決定する貢献(NDC(Nationally Determined Contribution))」が謳われ,オーストラリア,インド,バーレーン,アラブ首長国連邦等の多くの国で,気候変動の緩和・適応策としてのブルーカーボンの活用が言及されています.残念ながら日本ではまだブルーカーボンの活用が言及されていませんが,本研究ではブルーカーボンの特徴の解明や期待される効果の見積を行い,社会実装に向けた戦略に関する研究を進めていく予定です.
ブルーカーボンの視点では,大気中から隔離された二酸化炭素の内,どれだけの量が,どのくらいの期間,大気中に回帰しないか,定量的に評価し,見積もることが重要です.海洋植物プランクトンは光合成によって活発に二酸化炭素を吸収しますが,同時に呼吸や分解によって,その多くが短時間で二酸化炭素に回帰し,大気中に戻ると考えられます.一方,アマモ場の底質には藻場由来の有機炭素(アマモだけでなく,アマモ場の生態系が取り込む有機炭素)の一部が長期にわたって蓄積しており,ブルーカーボンとしての高い貯留効果を有していると考えられています.このような藻場を造成することで期待される炭素の貯留効果を,定量的に評価していく必要があります.さらに,海草や海藻の草体や葉体が沖合に流れ,深海に到達した炭素は長期間にわたり長期間にわたり深海に留まります.その結果,数百年以上,大気への回帰を遅らせることができると考えられます.様々な時間スケールでの炭素の隔離・貯留機能にはどのようなものがあり,どの程度の効果があるのか,解明していく必要があります.そのために,既存の多くの海洋生態系に関する調査データ等も活用しながら,研究を進めて行く予定です.
社会実装の視点では,例えば,藻場を造成するために活用可能な土砂資源の見込み(港湾の浚渫土砂量,製鋼スラグの発生量等)を,発生年や発生地域を勘案して推定し,効果的な藻場造成の方法を検討する必要があります.また,もし土砂資源等の制約がないならば,日本や各国の沿岸域におけるブルーカーボンのポテンシャルがいくら見込めるか,といった研究も必要でしょう.さらに,財源や人的資源をどのように確保し,社会的理解を促進していくか,といった視点では,2013年に設立された,東京湾再生官民連携フォーラムのような官民連携の枠組みが期待され,具体的な社会実装のあり方の提案も重要な研究テーマと考えています.

内湾の長期環境予測に関する研究

東京湾をはじめとする主要な内湾では,近年水質が改善してきたといわれますが(実際,全窒素(TN),全リン(TP)等の陸域からの負荷量は大きく減少してきました),夏季の東京湾の底層では貧酸素水塊が恒常的に発生し,その貧酸素水塊が沿岸域に湧昇することで,周辺の干潟・浅場の底生動物(アサリ等)等が死滅することがあります.この貧酸素水塊に関わる水質問題は長年の課題ですが,改善の兆しがほとんど見られず,その改善に向けた有効な方策の検討は重要な課題です.また,かつては江戸前といわれた東京湾の新鮮な魚介類の漁獲量は1960年代から急減し,現在は1/10以下になっています.水質の改善のため,化学的酸素要求量(COD),全窒素(TN),全リン(TP)の負荷を削減する,総量規制政策が実施されてきましたが,貧酸素水塊の縮減効果は見られず,それどころか,漁獲量の減少が栄養不足に起因しているのではないか,といった議論もなされるようになってきました.豊かな魅力溢れる内湾環境とはどのようなものなのか,見直す時期にきているのでしょう.さらに,長期的な水質の変動には気候変動影響もありそうで,40年以上にわたり1ヶ月に1度の頻度で行政により実施されてきた,公共用水域水質測定結果を用い,季節変動の影響やイベント的減少の影響(台風による攪乱,河川洪水,猛暑,冷夏等の影響)と長期的な傾向(トレンド)を分離して解析する,統計モデリングによる解析手法が有効でしょう.
このような背景を踏まえ,現地観測による無酸素水塊を含む水質のモニタリングや底質環境の把握,数値モデルによる再現・予測,底質系と水質系を連成させた,長期的な水底質の環境予測に関する研究を展開しています.また,環境改善に有効と考えられる施策の提案やその効果の予測に関する研究にも取り組んでいきます.特に,数値予測システムの開発では,流動,波浪推算,水質・生態系,多層底質過程を統合した,オリジナルの数値モデルを開発し,長期的な環境予測に適用する研究を進めています.また,欧米で開発されているFVCOM等のオープンソース(ソースコードが公開され,改変が可能なもの)の数値モデルも積極的に採用し,様々な角度から検討を進めていく予定です.加えて,ベイズ統計モデリングによる水質や生態系の変動要因の解析や数値計算と統計モデリングを融合した,データ同化研究を進めて行く予定です.

内湾環境の再生と創造に関する研究

内湾環境における水質や生態系の劣化の要因として,流入負荷の問題だけでなく,環境の場の問題が挙げられます.例えば,アサリは干潟・浅場に生息し,植物プランクトンを水と一緒にこしとって摂餌します.取り込んだ有機物は呼吸分解されたり,漁獲されたり,鳥に食べられたりし,一部は干潟・浅場の底質に堆積します.その結果,植物プランクトンが内湾沖合の底質に堆積するのを抑制する働きがあることが分かります.長年にわたる埋立等の影響で,干潟・浅場が激減し,このような干潟・浅場での有機物の隔離・貯留効果が低下しました.干潟・浅場の再生は,かつてのよい有機物の流れを再生し,健全な内湾環境の再生に繋がるものと期待されます.
このような環境再生施策の検討や効果の予測を目的とし,現地調査や数値モデルによる予測研究を展開していきます.また,東京湾の環境再生を目的に設立された,東京湾再生官民連携フォーラムの活動を通じ,環境再生施策のアイデアの醸成や社会実装の方策について検討していきます.東京湾官民連携フォーラムにおいては,佐々木教授が世話役を務める,生き物生息場つくりプロジェクトチーム(生き物PT)が2013年から活動しており,科学的な知見を基にした政策提案と,その社会実装への働きかけを進めています.今後,老朽化した護岸の改修等が必要となる中,防災と環境再生を両立させるようなアイデアも検討しています.

工学的手法によるローカルな水質改善に関する研究

東京湾をはじめとする内湾には,過去の埋立の際に土砂資源を採掘した跡である,浚渫窪地(深掘り)が沿岸海域に点在しています.東京湾では,浦安の埋立地の前面,茜浜沖,幕張沖から検見川沖にかけて存在しています.このような窪地では海水が滞留し,無酸素水塊が発生する等,水質が極めて悪化している場合があります.
2020年東京オリンピック・パラリンピックでは,東京港内にあるお台場海浜公園がトライアスロンや水泳競技(10kmマラソンスイミング)の会場となる予定です.雨天時の合流式下水道越流水(雨水と下水を同じ下水管に集める合流式下水道では,豪雨時に流量が大幅に増大し,処理のキャパシティを越え,未処理のまま環境中に放流されることがあります)の問題で,大腸菌数が競技基準を超える恐れがあり,心配されています.
このようなローカルな水質上の課題については,様々な工学的装置を用いた技術的な対策や,流入河川水の制御による新たな手法が考えられ,数値モデルを用いた有効な対策に関する検討と提案を行っていきます.

沿岸域における気候変動影響に関する研究

気温の上昇や台風が従来と異なる経路を取る等,気候変動影響と思われる事象が見られます.統計的に見て実際はどうなのか,また,気候変動による沿岸影響にはどのようなものがあり,どのような対策を取っていくべきか,といった問題意識を持っています.海洋土木に関わる建設会社では,ケーソン(巨大なコンクリートの箱で,防波堤等に使用されます)の据え付け工事が可能な,静穏な波浪環境の持続時間に関心が高まり,近年一部の沿岸域では,工事ができない高波浪や長周期の波(周期の長い波は波高がそれほど大きくなくても,水の水平移動が大きくなり,工事が難しくなります)の出現頻度が高まっているといった指摘があります.観測データ等に基づき,長期変動傾向の把握や課題の整理,今後必要となる技術開発等について検討しています.

気候変動影響下にある途上国沿岸域の持続的な利用に向けた沿岸域管理に関する研究

東南アジアや南アジアの国々では,気候変動影響が日本以上に顕在化してきていると考えられています.これには,地盤沈下やマングローブ林の伐採等による影響が加味され,深刻な状態になりつつあるのだと推察されます.佐々木研究室では,ベトナムのメコンデルタ(カントー大学),インドネシアのスバン県ポンドクバリ海岸(バンドン工科大学),タイ湾奥部の沿岸低地(ブラパー大学),スリランカのマラウィラ海岸(スリランカ海岸保全局),バングラデシュの南西部沿岸域等を対象とし,マングローブの再生事業評価,海水遡上による塩害,地盤沈下を含む海面上昇による沿岸域の浸水等の実態把握,地域住民の意向,行政の対策等に関する調査研究を行っています.

津波・高潮・洪水災害の減災に関する研究

佐々木研究室では,2004年12月のインド洋大津波に関する被害調査に参加して以降,2011年の東日本大震災を含め,いくつかの津波災害調査を行ってきました.また,複雑な地形や構造物等の複雑な形状を精密に再現可能な三角形の格子(非構造格子)を用いた数値モデルFVCOMを活用した,数値計算システムの開発を行ってきました.東日本大震災では津波や福島第一原発事故による汚染水の拡散に関する研究で,FVCOMの開発グループとの共同研究を行いました.